911と富士銀行【事件検証】

※この記事は、旧「日本プロファイル研究所」からの移行記事です。
標的はコンピューター室

9/11の航空機は両タワーのセキュアコンピューター室へ直接突入した(阿修羅掲示板)

第一勧業銀行富士銀行の事務所は世界貿易センタービルとともに崩壊してしまったので、9/11事件の発生後しばらくは、日本興業銀行がもっとも有力となり、統合によって設立された新しい会社の主導権を握ったらしい。
日本興業銀行の事務所は六番街(Avenue of the Americas)に位置しており、グループの新しい本部として機能した。第一勧業銀行と富士銀行の社員たちはすぐに仕事に従事することができたという。
富士銀行

富士銀行(2017年4月24日 (月) 09:36 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

合併統合を目前にした2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件で、ハイジャックされたユナイテッド航空175便が世界貿易センタービル南棟78-84階に衝突した。ニューヨーク支店および現地法人等は南棟79-82階に入居し、現地採用を含め約700人ほどが勤務に従事していた。このうち支店長のほか、米州営業部長、米州営業管理部長、みずほキャピタルマーケッツ社長など12名が犠牲となった。事件の翌年12月に犠牲となった1行員の妻がこれについて綴ったエッセイを上梓し、2004年9月11日には2時間ドラマ「9・11 NYテロ真実の物語」としてフジテレビ系のプレミアムステージ枠にて実写化・放映された。
2005年9月11日、みずほFG本部前(事件発生当時の富士銀行本店)に追悼の慰霊碑が設置された。ニューヨーク市消防局から寄贈されたもので、犠牲者の名が刻まれている。みずほFGが本社を置く大手町タワーが完成後には慰霊碑もタワーと同区画内に設けられた緑地である「大手町の森」の中に移設され、毎年9月11日には献花台が設置される。

1999年8月20日–帝国ホテルにて第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行、統合記者会見
2000年9月29日–(株)みずほホールディングス設立
2001年9月11日–911テロ事件
2002年4月1日–—みずほグループ新体制にて営業開始

米国同時多発テロ日本人安否情報
●安否確認されていない日本人

西日本銀行・穴井一弘(42)、中村匠也(30)中央三井信託銀行・菊地原聡(43)、早津信広(36)、中央三井インベストメンツ・平井克征(32)
富士銀行・田中謙一郎(52)、石川泰造(50)、槙本孝志(49)、木下崇(46)、沼田壮一(45)、高橋啓司(42)、合屋裕二(42)、恩田俊浩(39)、川内英哉(36)、小瀬勝(36)、伊東和重(35)、杉山陽一(34)、野村総合研究所・森早苗さん(27)小川卓
(37)、その他医師1名

●ユナイテッド航空93便の搭乗者名簿に名前が記載されている方

久下季哉(20)(杉並区)

スタートアップ商品をAmazonから
No Image
兜町コンフィデンシャル―株式市場の裏側で何が起きているのか
著 者 :高橋 篤史
出版社 :東洋経済新報社
経済事件に関する実名報道の頂点となる不朽の名著!
経営が不振になった企業や苦境にある新興企業に食い込んで、さまざまなエクイティファイナンスを仕掛け、必要資金は海外口座から回し、獲得資金は海外に逃避させる。そこにM&Aを絡ませ、株価引き上げの材料にしたりする――こうしてあらゆる収益機会を捉えて資金を短期回転させるのが、「現代の仕手筋」だ。正史では語られることのない、彼ら株式市場で暗躍する勢力と、それに対する警察や取引所の奮闘を詳細に描く。2000年以降の株式市場の裏側で何が起きていたのかを浮き彫りにするノンフィクション。
  • ブログランキング・にほんブログ村へ

Follow me!